フランスから苗木を取り寄せ、
自家栽培に挑戦
施設内のサドヤショップはワインボトルの数が圧巻ですね。何種類あるのですか?
今井:
そんなに多くはないですよ。十数種類というところでしょうか。そのなかで、サドヤの歴史を語るうえで外せないのが『シャトーブリヤン』という銘柄です。今井精三が長男の友之助とワイン用のぶどう作りに励んでいた1946年、初めて納得のいく高品質なものが収穫されました。このぶどうを使ったワインこそが、現在も販売している『シャトーブリヤン』です。甲府のサドヤ農場で70年以上も栽培してきたぶどう品種、赤用のカベルネ・ソーヴィニヨンと白用のセミヨンを使っています。
── それぞれ、年号が入ってる商品と無い商品がありますね。
今井:
年号入り(ヴィンテージ)は、たとえば『シャトーブリヤン 1992年 赤 750ml』なら収穫年「1992年」を表します。これは、ワインに詳しくない方でもなんとなく想像できるんじゃないでしょうか?では、年号の無い商品は何かというと、同じ畑で作った3年分や4年分のぶどうをブレンドし、醸造しているのです。『ミュール シャトーブリヤン 赤』などのセカンドラインがそれですね。

高品質なぶどうを生み出すサドヤ農場
── なるほど、年号が明記されているか、「ミュール」が冠されているか、ですね。
今井:
「ミュール」はフランス語で「果物が熟した」を意味します。ヴィンテージと同じく、赤はサドヤ農場産カベルネ・ソーヴィニヨンを使い、渋みはやわらかめです。一方、セミヨンを使った白は、果実味が豊かで強めの味わいが特徴となっています。どちらも、いつお買い求めいただいても一定の熟成感を味わえる商品です。
1946年というと終戦直後ですよね。その頃から同じぶどうを?
今井:
そうですね。カベルネ・ソーヴィニヨンとセミヨンは、ずっと栽培してきました。でも、最初は自社のぶどう畑を持っていなかったんですよ。順を追ってお話ししますと、江戸時代の今井家は油屋を家業としており、明治になってから洋酒やビールなどの代理店「サドヤ洋酒店」に転業しました。そしてその後、精三が1917年にワイン醸造販売を手がけたことが現在のサドヤのスタートとなったのです。
── そんな時代にワイン造りとは驚きですね。よほどワインに魅せられたのでしょうね。
今井:
いや、実はそうでもなさそうなんです(笑)。時代の流れでワイン事業にたどり着いたという言い方のほうが正しい。何がなんでもワインを!というよりも、地域に貢献したいという気持ちが強かったんじゃないでしょうか。ただ、曾祖父は初志貫徹のチャレンジャーでしたから、納得のいくぶどうで高品質な国産ワインをどうしても造りたかった。「いいぶどうがあれば高く買います!」という看板を掲げたり、農家へ菓子折りを持って出向いたり、質の高いぶどうを集めるために試行錯誤していたらしいです。

開墾当初のサドヤ農場(1936年頃)
── 執念がうかがえますね。あれ?でも現在栽培されている品種はフランス原産ですよね?
今井:
精三・友之助親子が凄かったのは、昭和になったばかりの時代にフランスからワイン用ぶどうの苗木を取り寄せたことにあります。ワインといえば本場フランス、だったらそこから甲府の気候に合った苗木を育てよう。そんな発想です。そのために友之助はフランス語を勉強し、現地の苗木栽培家に手紙を出して、数カ月かけてモンペリエから横浜港へ運んだといいます。その後、1936年に地元の善光寺さんから土地を譲り受け、自家農園を開墾して、約40種のフランスの苗木でぶどう栽培を始めました。
日本食にもマッチする
『シャトーブリヤン』
美味しいワインに欠かせないぶどうのお話もお聞かせください。
今井:
カベルネ・ソーヴィニヨンとセミヨンの2品種を作り続けているのは、サドヤ農場の環境に適しているからです。フランスの苗木だからよいぶどうができるとは限りません。どの品種がその土地の気候や環境に合うのかは、植えてみないとわからない。それで精三・友之助親子はフランスから約40種もの苗木を持ち込みました。甲府は明治初期に日本で初めてワインを醸造した場所で、国産ワイン発祥の地です。盆地の気候がぶどう作りやワイン造りに適していたため、原種とされるぶどうの品種「甲州」が育ったのでしょうね。
── 先ほどカベルネ・ソーヴィニヨンは渋みがやわらかめと言われました。普通の赤よりもですか?
今井:
この品種で造った高級赤ワインは、本来かなり濃厚かつパワフルな味わいです。しかし、当社の『シャトーブリヤン』は日本人の好みに合わせて甲府で造っているワインですので、渋みを抑えています。なぜかというと、ぜひお食事のときにお楽しみいただきたいからです。

渋みが控えめなので多彩な料理に合う
── サドヤさんのワインにおすすめの料理は何ですか?
今井:
『シャトーブリヤン』の赤なら、やはりビーフシチューなどの洋食系が合います。白でおすすめするのは寿司ですね。『ミュール シャトーブリヤン 白』は、酸味がしっかりしていて、でも酸っぱくはないですから、どんな寿司ネタにも合います。青柳でも、あん肝でも、何でもこいですよ。
楽しみ方のポイントがあればお教えいただけますか?
今井:
ワインのたしなみは人それぞれなので、申し上げることは特にありません(笑)。ワイン好きな方たちが集まって好きな銘柄を飲んでいいただければいいと思います。おすすめの飲み方をしいて挙げるとすれば、赤白2本を同時に開けて、どれが何の料理に合うかを感じていただきながら飲んでみることです。『ミュール』などは優劣つけがたく、同じ料理のどちらでもお楽しみいただけますよ。

赤白と料理のマリアージュは楽しみも2倍に
── 最後に、ワイン造りへのこだわりと想いをお聞かせください。
今井:
家業なのでこの道に入りましたが、サドヤのワインを自分たちのものだと思ったことは一度もありません。ワインは、買って飲んでくださる方のものです。私たちが考えるのは、どうしたらお客様にワインを喜んでいただけるのかということ。その想いに尽きます。食生活も食文化も、ゆっくりと変わっていくもの。その変遷を考えることが一番楽しいので、これからもサドヤのワイン造りは変わっていくでしょうね。
いまや山梨のワインは全国的にも有名です。どのような特徴がありますか?
また、「山梨ワイン」という銘柄が存在するのでしょうか?
山梨がワイン王国となった理由のひとつは、ワイン用のぶどうが豊富にあったからです。日本固有のぶどう品種「甲州」が最も有名で、「甲州ワイン」の原料となっています。「甲州」は国内産白ワインの原料の半分を占めているのだとか。同じく国産ぶどう品種で多いのは、赤ワイン用の「マスカット・ベーリーA」。フルーティーな香りと軽やかな味わいが特徴となっています。他にも、今井専務のお話に何度も登場した、渋みが特徴の黒ぶどう品種「カベルネ・ソーヴィニヨン」や白ワイン用の「セミヨン」など、とにかくたくさんのワイン用ぶどう品種が山梨には存在します。

今回、サドヤさんの広大な地下セラー(写真)を見学してワインの奥深さに魅了させられたのですが、いろいろ調べるまでは「山梨ワイン」という固有の銘柄があるものと勝手に思い込んでいました。結論としてはそうではなく、国が「正しい産地」であることと「一定の基準」(原料・製法・品質)を評価し、認定審査を経て地理的表示「山梨」が付けられたそうです。ワインで地理的表示の認定を受けたのは山梨が初めてとのことなので、いかに山梨ワインのブランド力が強いかがわかりますね。特別な山梨ワインは、プレゼントにもピッタリ。試飲した『ミュール シャトーブリヤン 赤』を、何年後かに姉の還暦祝いとして贈ろうと、いまから考えています。